読者さん

かつてこの日記ブログにも常連読者さんがいた。男性の方と女性の方はよくコメントを寄せてくれたのだが、Bloggerに外側から貼っていたコメントシステムが廃止となったので、泣く泣く彼らの残したコメントはそのまま消えた。いま考えると酷だったなとも思う。

ブログのコミュニケーションは気がつくとコメント欄からソーシャルブックマーク、SNS共有へと変化し、検閲入るタレントのアメブロと、2ch的に機能するまとめサイトのコメント欄以外は実質的に機能しない時代へと変化していった。

トラックバックが海外スパムで廃れていったように、ブログ界隈というのも僅かながら変化しつつあるのだ。遠くにきたなあ、と感じてしまう。

かつて、僕もSNSを作ったことがある。レンタルSNSが全盛の時代にSo-netがやっていたサービスを利用したもので、新宿lifehackという恥ずかしい名前だ。それでも百人くらいは会員になってくれただろうか。トランスジェンダー感のある方などよく日記をかいていただいたし、気が狂った人の巣窟にもなっていた。

これもSo-netがサービスをやめてしまいかつ移行先やバックアップ手段を用意しなかったことからゼロとなってしまった。システム開発元の手嶋屋も終了したあとかなりしてから、webでも後継レンタルSNSはやったものの、当時はでかいこといってたのに移行処理は全然やらないのでSo-netユーザーは宙に浮いた形に。いまだあの会社(So-netと手嶋屋)は僕はなんだかなと思っている。わざわざマイナーな立地で日記を書いてくれた人の心を考えないんだもの。

最近だと僕は使ってないのですがニュースサイトに、Ai制御で検閲された荒れないコメント欄つけて滞在時間を伸ばさせるサービスが終了したのもありましたが、コミュニケーションサービスでシンプルに商業化していくのは難しいんでしょう。

そんな不可抗力で消えてしまうサービスが多いなかで、シンプルなブログというシステム本体はまあスマホ広告枠をサービス側が取ることでなんとかしてるところが多いんでしょうけどなぜかサービスが終わることも少なく、もしなくなってもアメーバのように最悪テキストコピーでも生き残れるのだから、やっぱり優れている仕組みなのではないだろうか。

しかし、ブログ自体は残っても、あのシンプルなコメント交流というのは戻ってこないのですな。あのときの読者さんがいまどうしてるかは知りませんが、わざわざこんな辺境まで来てくれて、ご発言いただいたことに感謝するとともに、幸多かれと祈ります。

愚直に

社会のダニみたいなところで生きているので、時折目的を見失うことがある。
目的なんてあってもなくても、適当なところで打ち切られるので別にいいのだが。

それにしても、一緒に仕事をしていた人とかお世話になった人がよく亡くなる。
いろんなことに守秘義務やらNG事項やらなにやらあるので、
すべてが終わってからいろいろと書こうかと思っていたのだが、
いろいろ終わるといよいよ自分にも番が回ってきて
コンテンツなど書く余力なくなってしまうような気がして、
今はまだ仕事して覚えているうちに書こうかな、という気持ちにもなっている。

先立って行った人は、バブル期にものすごく働いていたり、もしくは栄養的や睡眠的にダメだった人が多いので、特に何かの陰謀がーとかいうのはないのだが、

最近原発事故なんかはほとんどなかったことになっているのは気にかかる。

まずトリチウム回りはほとんど議論されないままとなっていることと、それ以外にも、あれだけ放出しておきながら長期的に見た時に「まったく影響がない」なんてことはないわけで、初期に電波さんの適当なことを抜かしてる厨が多かったことと、いわゆる2次被害防止のための言論封殺がなぜか個人レベルでも行われていて、なんだかなあという感じになっているよね。もともとの報道自体、適当なジャーナリストが適当に書いた結果だからしょうがないけど。

広告代理店筋のように書くとしたら「自業自得感社会」な感じ。

例の裏金で電通の名前が出なかった問題なんていうのは終わってるもいいところで、早くああいう組織は解体されてほしいし、電博にヘコヘコして金持ちになろうと思っているアーティスト風情も終わってると思う。といいつつネット広告もかなり電博の関連会社から広告が入ってる時代になってるけど。

とか適当によくわからないことを書いて終わり。