軍歌の記憶

きょうはいつも月一用事があって行く半蔵門のついでに靖国まで歩いて参拝してきた。 やはりここに来ると、敬虔な気持ちになるとともにアジアの圧力みたいなものも感じずに入られないが、あれは永遠に言われ続けなければならないのだろうか。 しつこく言われ続けてるのは戦犯だかなんだかが一緒だからだっけ。 うちは特に右傾した思想はないのだが、当然だがそれでも多くの家庭には戦没者がいて大概はここに祀られているし、うちもきつい戦地で亡くなっている人もいるので、写真の額でしか見たことがない人が何人かはここに祀られている。 お参りをしたら、ちょっとしたことを思い出したので、ここに手を抜いたかのように、ツイッター引用で貼っておく。






出てから、あまりに暑いので冷麺を食べたが、量が少なくて失敗だった。
麹町にあった日本テレビは、汐留に社屋が移ったあとも分室とスタジオとして現存しているが、中坊だった僕にさえやさしくしてくれて当時仲が良かったDの人はすぐに辞めて家業を継いだのを覚えている。ここも半蔵門から歩いていけるので、よく通る。

上記の話は相当な昔話だから、放送作家がいい加減というか、放送作家のほうが力関係が強いし、今と違って自粛自粛ではないイケイケな時代だったので、今だったら制作サイドで止めるであろう原案でも通してしまったのだろうなあ、と思う。

50代のおっさんです。