いいとし

いい年になってしまった。若者ではすでにないのは体でも理解はしつつ、でもまだ監督者という感じの、まだ現場で何人かとはつながっているのを夢でも見るなどする。

現実には、ネットを介しては何人か過去の部下やら何人か比較的親しい人とはゆるくつながってはいるが、一人で黙々とPCに向かう仕事をしている。

私以外の周囲も皆、そんな感じにはなってきている。同様の仕事をしている諸先輩方も、多くは仕事を失いかけている。体調を崩したりしている。大量雇用の時代でもない。たとえ一見うまく行っているようなセクションでも一人孤独になっている人が多いし、プライベートではたまたま子育て出来ていた人でも育て終わって、まずまず孤独だ。別れたらそれはそれで慰謝料だけの人にもなり、元気もないから新しい恋愛などする気力などない。少し前は諸先輩方は景気のいい時代を駆け抜けたまお先に失礼と卒業していくものと思っていた。尻拭いするのは残されたものだ。と、思っていたが、そうでもなかった。

上手くいってるのは、時流にのってビデオコンテンツを量産し、撮影会や不動産を上手く回している一部のおっさんくらいのものだ。

あとは全敗のような気がする。

私の仕事場では、事件がよくおこるのだが、昔はいわゆる金銭的な締め付けや、コンテンツを作るために面白い人とよく会うのだがイコールリスクある人なので、人付き合いにまつわるトラブルなどが主だった。

それも時代と共に、規模縮小、業務終了にまつわるものばかりだ。

2016年10月末、テレビでは石垣島へ移住した高樹沙耶が、例の草で捕まったのを連日報道している。男依存的な体でまとめているのを見るが、自分中心の小規模なコミューンだけであって、変な宗教性のあるものに依存しているわけではなかったのだから(それが草ともいえるが)、あれはあれでいいよなあとも思ってしまう。

自由奔放への憧れが強いのかもしれないし、仕事の不安定さに不安感があるのかもしれない。

いまは最愛の人と婚姻しているが、昔別の人と一緒に住んでいた時は、その人がヒッピー系をベースとしたインド系コミューンに依存していたので(私は距離をおいていたので無関係だったが)、高樹の感覚がわからないでもない。
昔は元部下に不安感をネットで垂れ流すな、といわれたが、それをもってバランスをとっているのは確かなことだ。

書くことがないということは幸せである。が、本当に大変なときはなにも書けなくなる。

ナムジュン・パイク展の前半戦


ワタリウム美術館のナムジュン・パイク展(ナムジュン・パイク展 没後10年 2020年笑っているのは誰 ?+?=??)にいった。

コンパクトながら、パイク感みたいなのは理解できる程度の展示にはなっていたか。各フロア5枚まで記念写真程度のものは撮影が許されていた。大型機材などは不可。

個人的にはツイッターにも書いたが、水槽の後ろのテレビの縦横比が当然4:3ではなく16:9のテレビとなってしまうことから、絵はともかくとして、水槽にサイズが合わないという問題。
あとは日本でのTVガーデンだから(日本でそこいらに在庫のある小型のアナログテレビ自体があまりないのでしょうがないのだが)、テレビのメーカーが「マルマン」率が異常に高いというのが気になった。

TVガーデンはソニーの業務モニターも(多く)あって欲しいところ。

パイク作品を再現するにあたり、レーザーディスク等がほぼほぼなくなってきていることから
今後は難しいんじゃないかとか思っていたが、それは変換でクリアできるとしても、
デジタルテレビの時代になってテレビ自体が変わってきてしまっているののほうがネックなのかもしれない。

ただ動画作品を再生するツールとしては別に16:9に4:3を放映して左右アキでもいいのだが、オブジェだとそうもいかない。


まあツイッターのコメントでももらって事情は飲み込めたが、たまたまマルマンでもしょうがないね。
そして修繕されてない他所の展示品を知る。

ないよりはいいか。

さすがに韓国龍仁市のナムジュン・パイク アートセンターのようにTシャツまでは売ってなかったか。まだできてないワタリウムがらみの数千円の図録ぽい書籍と1万円近い本、150円のポストカードや地下ではやはり万単位のカードみたいなホンモノのやつが売られていたが、もう少しグッズが欲しいところ。

あとから来たカップルの話を小耳に挟んでいたら、いまはVRブームだがその源流に、かつてはビデオに情熱的だった人がいるみたいな視点で若い子は見てるみたい。

ワタリウムのオーナーワタリさん一家とも交流があったようで、たびたびハガキを送ってきていたのが展示されていた。これは、あちらにも展示して欲しいところだなあ(あるのかもしれないが)。


しかし、最初の導入部、裕福な家庭の出身だということの説明から入るのだが「お金は湯水のように使いなさい」といったナムジュンパイクの母はすごすぎるというか、記憶に残る。


当時としては高価なビデオ機材をもってアートをやっていたナムジュンパイクにとっては、アートで必要なスポンサーといったものはいらなかったのかもしれない。(途中で日本に来て以降がどうだったのかはあまり追っていないので事実とは異なるかもしれないが)。


後半戦、後期展示は2016年10月15日から2017年1月29日まで、おなじくワタリウム美術館で。興味ある人は足を運んでみては。 http://www.watarium.co.jp/exhibition/1608paik/