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紙の世界の終わりと焼き畑商法

結婚して家庭を持ち、子供をもっている人が異常に少ない(身の回りに限る)

取次がいくつか沈んだり、ムック市場が絶望的になったり、書籍と雑誌の市場が逆転したり、かつての半分の流通量になったり、といった事態で、僕の知る範囲では紙の仕事に多くの人が深い絶望を抱えている。

案外多くの人が、たとえ正社員であってもかなりの中小企業か、そこそこのところであっても水商売的な、いわゆるその部門が栄えているときだけ雇用されてるような、契約が支えているような職種構造だ(テレビもそうだが、大手メジャーだけが正社員雇用で、現場末端はプロダクションや、親から大きく劣る子会社が支えていてる)。飲食店もそんなもん(雇用的には不安定)じゃないかと言われるかもしれないが、個人店でないかぎりは特定店が潰れても系列店にまわされたりするから、飲食店の7割は廃業とかいっても案外大丈夫なものなのだ。
僕も長年紙の仕事だったのだが、結婚すらうまくいかない人も多いし、とにかく回りを見回してもほとんどが(家族が)増えない(仕事が不安定で低収入でかつ忙しいから)。そしていい年で放り出される人もいる。20年くらい前には、この業種はもうからなくなってはいたのだが、幸いにして業界が下降線の頃ももうかっていたため、みな離れ時を失ってしまった。
僕もかなり微妙だが、いまだ残っている人たちに、いつか恨みを買ってしまうだろうか。
いま思うと昔僕のブログのファンだった人は、こちらにこずにすむ世界が違うと大手で解雇されそうもない職種の人と上手くやっていったが、まあ賢明な判断だろう。
実際だめなのは雑誌市場で、広告モデルの崩壊と流通の構造の敗北のせいであって本は地道には読まれているから、希望を失う必要はないのだが、まあ本も大きく益を出せる時代ではないのである。

ホームページがブログくらいしかない電子専門の会社、掘ると流通や上場企業

そうこういっているうちに、紙をやってない電子のみの会社の顔ぶれを見ていると、流通の別会社だったり、上場企業系だったりする。ブログくらいしかおいてなくて、サイトも適当で、Kindleくらいしか出してない会社も掘ってくと案外大きかったり。こうなるとそういうところのほうが「やりたいことができる」「判断が早くストップがかからない」などプラスの側面もあったりする。いまはたぶん儲かってないだろうが、あくまで先行投資なのだろう。旧来の紙の側から見ると焼き畑商法的な新プレイヤーをバカにしているが、案外従来型の会社は、判断の遅さから泣きを見るのではないか。
組織の軽量化、判断の早さが大事な時代になてきているのだろう。
紙の世界はいまだ、旧態依然だが、事実上リストラやら規模縮小で組織が軽量化して、多少の判断は早くなってきているのだろうが、電子ファーストの新プレイヤーたちが台頭するあと3年位すると業界構造は大きく変わりそうな気がする。

雑誌屋と睡眠不足と儲かる仕組み

今のようなネット暮らしになる前は雑誌屋なるものを長年やっていたので、(つねに限られた時間内で原稿を集める仕事を行ってきていて)とにかく若者を安く無理させてこき使って儲かるみたいなビジネスモデルの中で疲弊していったわけで、今考えると後悔もありますね。というのは単純に、疲弊の中で記憶力とか低下していくわけですよ。

僕なんかは、ものすごく商売がうまくいっていた時期があったのですが、そのため忙しくてまったく帰れませんでした。マジで都合10年くらいは床に段ボールで寝ていたでしょうか。

本というのは〆切があり、印刷屋さんの印刷搬入の時間は決まっているので、当然物理的なタイムリミットというものがありますから、それのためには、最後は1日3時間睡眠が1週間続く、最後は1時間睡眠、とかいうことも平気でありましたし、平均して2、いや月3週間は会社に泊まるとかが当たり前でした。

ブラックもブラック、でしたが、その理由は、他の会社に比べて1/3の予算で作っていたからなのですね。

たとえばAという出版が1100万円余りで作っていたら、こちらは350万で作る、ということです。予算を減らす、ということは、他の予算が潤沢なところなら外注すべきところを自分とこでやったりして、それで見栄えをなんとか他社とあわせていたわけです。デザインとか、写真とか。DTPとか。2本撮りとか。流用前提で3冊回すとか。なぜか異業種のテレビ東京にシンパシーを感じるのは、東京12チャンネル時代の「少ない予算で大きな企画」というのと「予算が他局の1/3」という条件が同じだったからかもしれません。

編集者の賃金も抑えられていました。いま聞くと(本来算出根拠とすべき)東京都の平均ではなく、全国平均をとって給与を出していたからだと言われています。当然東京基準で出せば「日本一高く」なるはずですが、地方全体をベースに出す場合、家賃も生活費も安かったり親元だったりして、当然ながら圧倒的に平均給料が安くなるのでしょう。その平均で出せば「儲かる」。さらに基本給は抑えに抑えて、手当で全体を水増しして、それでもなんとかふつうのアルバイトくらいの賃金になるくらいでしょうか。

紙代も、バブル期はチリ紙のような安い、チラシに使う再生コート紙ばかりを手配されていましたし(おかげで銘柄には詳しくなり、だいぶ指定して厚くしていきましたが)。印刷校正もひどくて、文字修正は(デジタルになる前でも)写植ですらなくコピーのときもあり、さらに修正は現場で印刷会社の営業が自身で削ったりしています。場合によっては部数が30万部ある雑誌であっても、表紙の女性の肌が緑色であってもそのまま一発製版で発売になってしまう、というような状態でした。

だから、仕事場は、最大限に儲かっていました。

そのかわり、分け隔てなくどんな人でも働けました。高卒も中卒(大検受験)も。外国籍の人も。安い労働力、というのは基本的に敗者復活戦みたいなものなので、逆に(下克上狙いの人などは)ちゃんと働くのです。会社も激しく儲かるから、僕への労働的な問題(家に帰らない等)の部分については、そこまできついことは言ってきませんでした。

そんな最低な労働環境でそれでも続いたのはひとえにわたしのような企画をして商品が売れていた若者には編集費というものを預けて、裁量があったからです。自由に使える(ただし事前承認なしで使えるのは1件の出費は数万円まで)のが、実際は月何百万とあったことが楽しかったんでしょうね。多いときは千万単位が自分の裁量下にありました(それでも「衣装」に40万使うと責められましたが)。

あと、期限のある仕事っていうのはなぜかドーパミン(快感物質)が出るんですね。間に合わせる快感、そんなものにすべてを預けていたというのは今思うとバカみたいです。その間に本でも読んでいたほうがずっといいでしょう。

僕がずっとそれを仕事にしてきたのは、はたから見ればいわゆる「やりがい搾取」、というやつに嵌められていた、という状況です。クリエィティブは心から湧いてくるときにやるのはいいんですが、あんまり無理にクリエィティブ商売をするものではありません。

若いときからずっと寝てこなかった結果どうなったかというと、まあ一時期は精神を病んでおりました。

そして、さっきも言いましたが、おかげで今はかなり記憶が曖昧というか、数日前のことでも覚えてない場合もあるという…。これは絶対に労災レベルなんだけどいまさら証拠もないですからね。しょうがないのです。それでも、面白い体験をものすごくさせてもらえた、という意味では、雑誌屋そのものだった時代を感謝しています。

ゲスな仕事をしているとはいっても、いろんな人と渡り合うことが出来たわけで。

ですが、今(ネットにずっぽり)のほうがまだ楽しかったりするんですよね。

ネットって利益を見込んでも、当然検索依存なので、思ったようにはいくまで半年はかかりますよね。

思う通りに行かないという部分と、大企業バックでお金を使おうが個人運営で使うまいが、見栄えや結果は同じようについてくるというところとか。成功するか失敗するかは、上流からの誘導路があるかどうか、それだけ。あとは個人プレイでも知識だけだだいぶ変わってくるところ、有る程度の結果(コンバージョン)は確率で予測できるところ。

好きですね。

こっちのほうが性に合ってるかなあーと思うのです。

もちろん、ネットは、よほど収益源を大きくしないと、基本的には個人の生活が賄える程度の利益なわけで…ちゃんと会社が成り立つくらいの利益を上げるならまだ(配本すれば入金がはっきり見込める)従来メディアのほうがいいわけですけど、たとえば(出版社の)光文社がdマガジンの利益をそれなりに当て込んでるくらいには従来メディアの収益なんて崩れてきているわけで…。

紙なんて中規模取次も弱ったりつぶれたりして、コンビニもPOS悪化で入荷を絞り始めたりして、入れ込めばなんとかなった採算モデルが崩壊してきてますしね。

いずれにせよ、従来型メディアの方法論が通じるのもあと2年くらいではないかと思っています。そのあとですが、まだこれという理論が見いだせないままなのですよね。


図書館で新刊書店の縮小を確信する


Sophia University / Dick Thomas Johnson


 ※写真はイメージなのでここからの話には関係ないです。

 ツイッターにも書いたが最近、公共事業の権化でもある都心部の単なる区営図書館がかなりの充実化をはかっている。

 ネットで在庫検索ができるわ(これは外部サイトカーリルの力)、ネットで予約はできるは、セルフレジみたいな自動窓口はあるわ、延長もすぐにできるわ、他の図書館からも取り寄せはできるわ、雑誌は揃ってるわ… 

一方で書店はせいぜい大手のお店で在庫の場所検索が出来たり、取り置きができるくらいで、ポイントカードがいいところ。こりゃー書店なくなるわ。いい悪い別にして。。 業界では、本だけだと採算とれないからと複合店化や雑貨取扱いなどなんだか変な方向へ走ってるけど本来のサービスがすごくなければ、まあきっとこの図書館改革に負けると思う。

 消費しなくなると業界は間違いなく終わるが、アベノミのバブルなんて来てない人のほうが大半なんだから。消費なんてみんな最小限にしたいのが今じゃないのかな。 そして、コンテンツについて、新しいものを求める人だけが、新しいコンテンツを購入し、そうでない人はきっとどんどん怠惰なほうへ流されていく。借りて済ませられるなら借りる。そうなっていく気がしてならない。

だって自分で必要だと思う資料だって書店で買おうと思わないんだもの。 いつしか、資料代なんかに回せる経費なぞ出なくなっているのだから。

そして本を扱うメディア側の人も、掲載している写真はどっかから持ってきたキレイなカバーであっても、もう実際は読むほうの資料自体は図書館でも手配するケースもあるのだから。

メルマガの刊行ペース管理がひどいのを理由に編集システムの優秀さを語る人は間違ってる


I can't believe what I'm looking at / Ed Yourdon

最近本来定期刊行、あるいは月間何通程度の予定が守れない、メールマガジンがちょっと前に問題になっているが、メルマガなんて誰も催促してはくれないわけで、せいぜいシステムからのリマインドメールがきても、それを無視してしまえばどうしょうもないものだ。俺もメールマガジンを発行したことがあるけれども、3ヶ月目には挫折している。モチベーションを高く保てない人には、絶対に続かないものだ。

それで見直されているのが、定期刊行している雑誌や書籍の編集催促システムなのだが、別にそれって優れてない。「だから編集って優秀なシステムなんだよ」という人は編集に幻想的な価値を持ちすぎだし、Web上で出版幻想みたいなのをほんとに目にし過ぎてどうなんだろうといつも思っている。

作家にとっては執筆本のために諸般調整して、催促もしてくれて、場合によってはマネジメントまでしてくれる便利屋さんも編集の形ではあるわけですが、それはあくまで、自由にされているようにみえても、経営的には、刊行されるもののコスト内で管理されているわけで、まあそんなに編集者を放置しておくコストも自在なわけではなく、だから一部の高給取り大手新卒編集者以外は編集業には非正規雇用者が多いわけです。編集はノルマをクリアしていればある程度は(作家のマネジメントの真似事くらいまでやるケースがあるほど)そういう作家サイドにとって便利なことをしていてもいいわけですが、それは会社にもメリットがあるからで、売れる作家をつないでおけるからです。

編集システムは取次ペナルティも厳然として存在していることで上手く動いていることもあるけれど、なんでもかんでも編集システムに載せれば上手く行くというわけではない。途中でも適当に出せたり、放置できるWebのシステムも別に間違っているわけではなく、議論になったことがないから熟成してないだけ。システムを作ればいいので、編集を雇うみたいな考えは、ちょっと間違っている。

メルマガには進行管理だけいればいい

編集要員をメルマガ1つに雇うなんていうのは、コスト的にも大半の場合は現実的じゃなく馬鹿馬鹿しい話。もし、どうしてもアナログな編集者の催促システムを認めるのであれば、実際のところは単にサイトに対して頭割りで、編集者ではなく、進行管理者が多数の執筆人に対して1人いればいいと思うんですよね。コストで算定してあうところで。で、電話やSkype、SNS、メールなどさまざまなメディアを介して、いわゆるアナログな手動催促もする、と。機械的催促で、そこに「気」が入ってないとネットに中傷書かれたり、原稿上がってこないわけですが、たしかに人力でなだめすかしたほうが原稿は上がるというロジックは編集にはあるかもしれない。でもですよ。

編集者がやらなきゃいけないことがあるとしたら、集稿済の原稿を、社会的なNG事項との間での調整をする作業や、口述筆記の人の適当にしゃべったものをていよくまとめチェックするとか、そういう作業。OKかNGやかの境目と、タイトルの煽り。誤字訂正。でも、本当は編集されてないコンテンツが読みたくてメルマガを読むんだと思うのです。編集は前にたっていける存在ではないし、僕は必要ないと思う。編集が普通に調整したら炎上しないしメディアとして面白みはむしろ減るかと。進行管理と記事提案だけであれば、編集じゃなくて、マネージャーだけいれば十分。

単純にメルマガの進行をよくするには、催促要員だっていらないかもしれない。

システムの改善だけでもいい。編集者いりません。予約入稿ができるようにできたり、金銭的なところのシビアなところでのアメムチをもうちょっと考えれば、皆メルマガをちゃんと書くようになるはずです。

通常、リマインドメールなどの機械のいうことは無視してもペナルティがないということが大きくて、早期入稿のインセンティブが大きかったり、ペナルティが厳しければちゃんとやる人のほうが多くなるはずです。

たとえば(予約投稿で)「早く入稿すると料率10%増」「催促を5回無視すると、自動的に廃刊して返金」 みたいな形で、早期入稿をうながすインセンティブや、ペナルティがあればいいのです(ペナルティはあまりひどいとヤル気を削いでしまうので、遅くても入稿すればペナルティ帳消しみたいなシステム等が望ましい)。

システムの変更だけで、大概の人は仕事をしますし、それだけでもサイトにも色がついてきます。

編集はアナログすぎるシステム。個人の力に頼りすぎているし、Webでは過剰に評価しすぎ

エディターなんていうオールドなものは、儲かってる時は皆がちやほやしてくれるし、企画も通りやすくなるから、どうしても「俺の編集には価値がある」みたいな天狗になりがちだが、実際のところは、たとえ頂点の成功を極めていても、せいぜい決算ベースで5-6期もたてば、別のものが会社の売上を支えたりして、経営者ベースでは以前編集者が生んだ成功なんて、特に役員でもやってなければ忘れてしまうのだから意味は別の所に持つ必要がある。それでプライドが高い傾向があるのだと思う(ホントはヒットした際に職位を上げたりで役員に食い込むことが大事な、単なるサラリーマン)。

だいたい俺だって、億ベースで仕事場にお金を入れていたときに、職位格下げ話とかあったし(億単位の入金を元に抵抗した)。みんな出勤管理とか金銭管理とか別の軸で見ているので編集なんていう定量化しづらい単位にはあまり意味が無い。編集者評価軸って、僕は本当はたとえばいままでの会社への利益総量とか、通算の打率とか、そういうので判断すべきかと思うのだがやってる会社ってほとんど聞きませんね。

脱線しましたね。それはともかくとして、Web上で浮き草稼業であるオールドメディアの出版業全般に対して一部のユーザーが「価値」を語りまくるのはどうなのよと思いますが、とにかく編集力の他者評価みたいなものに、編集は自分の実力がなくても共依存しがちなので、あまり安易に評価なさんなよ、と。編集が便宜をはかってくれるのは人付き合い以前に商売として成立してるから、ということが殆どだし、編集なんて本来必要とされるのは「企画構成進行力」と客も作家も含めて「人をひっぱる力」なので、進行力だけ評価されて編集って役にたってるじゃんなんていうWeb側の編集者評価軸自体がネタとしても終わってると思うのだ。

NHN Japanのグレーゾーンから確信的に新しい概念をはかせて、数を大きくして企業マネタイズに持ってく手法を、編集は学べばいい。彼らは「新編集」。


Line powered by Naver Japan NHN / jonrussell

編集なんかよりも、システム屋は頭を捻っている。「2chまとめが流行ってるということはいろんなまとめに需要があるはず」と、あんな盗用コンテンツの総本山的な概念をロンダリング、キュレーションという本来は美術用語であるところのものを拡大解釈した偽装的なくくりではじめて、インセンティブ還元でシステムとして回っていまでは商用スポンサーのまとめを数百万で受注し、社会的にも無視できない存在まで成長している「NAVERまとめ」なんて、最たる例だ。人にやらせるためのインセンティブはグレーにかかわらず先行して用意するなどしたが、それだけでないメリットも多数作っている。それは投稿者に対してそこが舞台だったり、使いやすかったり、自分に他の部分でもメリットがあったり、狭い範囲の人への情報を編集しやすかったり、違法からはじまって、今では公式に引っ張れる写真を提携拡大することだったり、全体では記事に見えるけれども単体の1部品1部品がリンクでたどれたり等のSEO的なシステムだったり、タグのお役立ちだったり等、いろんなことを工夫している。いまや、編集者を招いてイベントや優秀編集コンテンツのコンテストまで開催したりして、キュレーションコンテンツだったはずの「NAVERまとめ」が、誰にもできる編集のまねごとなふりまでしている。

「LINE」だって、日本の優秀なアプリサービス的な顔をしているが、資本はライブドア身売りの時に100%韓国NHNになってるし、インフラとしては「3Gデータ通信にダダのり」だし、かんじんの「チャット」と「無料通話」だって元は韓国で既にシェアを伸ばしていたカカオトークのパクリ。それらにスタンプ等の価値軸をつけて、カカオになじみのない日本に先行して普及させた。世界的な普及があるのも別に電話代をケチりたい低所得者層の多い国から流行っているということもある。いまや年間千万円単位でのお金を取れるメジャー企業アカウントを擁するマネタイズできているサービスである。

言い訳上等。あのくらいのしたたかさが求められるのだと思うし、それらの価値観の創造が編集に近い、なんて気づいている紙の編集なんて一握りなはずだ。システム企画屋のほうが、これからの編集なんだよ。いまの時代はね。

夏ということもあって


実家にいってまた結婚しないことに関する愚痴などを聞かされることになる。もうあしらい方も手馴れたもんだが。



墓地からみる川の河口がいつもきれいなので写真を墓地ビューが入らないように撮ろうと思ったが、むずかしかった。

ところで仕事でもなんでも最悪のケースを予想しておくとだいたいなんとかはなるのだが、まれに最悪のケースにほんとになることもある。過払い訴訟のおかげでお金に関して最悪の状況になることは避けられたが。

病気のとき、病気になる前から隠居しながら外(森)を見ているビジュアルはずーっとよぎっていた。事実森の見えるマンションに住んでいた時期はそのとおりになったし、それから生還したら森の癒しはもういらないので転居したというわけだ。いま最低な状況の想像としてホームレスになるようなビジュアルもないわけではない。ただ、それが実現したとしても半ホームレス半サウナみたいなところだろう。 せいぜい30年前の埋没していた記憶を反芻して歌舞伎町の日拓裏あたりを根城にしていることはあるかもしれないが。近く一端借金も消え去ることだし、いま完全ホームレスの自分は浮かばなくなった。最悪のケースは想像つかなくなったのかもしれない。

でも今の仕事(Webと本にかかわる仕事)に関していうと助けようといろいろやってはいるが、希望は多くはない。親だって自分の新聞をそんなに読まなくなっている。紙は老人と若者の意見を拾っていけばいいんじゃないか、と親はいうが、ニーズという意味で拾っているのがいまの宝島社ではあるにせよあくまで読者サイドを拾っているのは「目線」であって、ほんとうの読者の意見ではない。ほんとに読者の視線にくだっている媒体なんていくつあるだろう。ほんの未来もかなり危機的だが、Webの未来、俺はある程度現実のビジネスからも見えているけど、携帯信者であるオールドメディア側の発信者の人はPCの未来をPCを公私つかっているにもかかわらず、違法コピー蔓延と広告モデルだけの回収手段のせいでまったく期待していない。新聞テレビも下降線。まさに携帯以外みなで最悪のビジョンを描こうとしているのが昨今ではないかと思う。

面白い媒体っていうのは生活のうえで危険のないところであえて危険な賭けをするところに出現するものだと思っている。いまは酔狂なことを長期スポンサードする人なんてかけらもいなくなり、漫画には安全な原作がつき、本は流量調整で大部数スタートはできなくなり、雑誌は新しいものが出せなくなり、雑誌の広告は単価の安く実証性のとれるネットメディアに移行しつつある。面白い仕事、は危険な賭けをしなくなったところからは生まれない。

だからといってもネットは対極ではない。たとえばカヤックが面白法人をうたいつつもちっとも面白くなくなってきたのは、予定調和すぎるのだ。ライブドアが無茶していた頃の面白さはいまの会社には(わずかにはあるにせよ)ないし、ニコニコだって政治家トークを見るとわかるがコメントが絶賛コメントばかりで幻滅する。ましてや2ちゃんねるであっても、ガジェット通信のような関連した会社の媒体が自分で2ちゃんを利用した興信所みたいなリリースを流している(のりp周りの昔の第三者コメントなど)。予定調和と超フィルタリング社会、政治の取り込みがネットの未来像だったのか?酔狂なのはニコニコの利益の出し方だけなのだろうか。いや、まだ見ていないけれどきっと面白い媒体はたくさんあるのだろう。利益と一緒にやっていくのは難しいのだけど。

本側の人が考えていくべきことはもしかしたらあえてオールドメディアを意識していかにも古い発言をしていくことなのではないか。レトロメディアと化した時、もしかしたら再度レトロなコンテンツ・パッケージとして価値が上昇していくのではないだろうか。アナログレコードのように。あまりに本側の駄目な体質に辟易していた時期もあったが、媒体価値がゼロになるくらいまでいまの対立劇とか抵抗劇が続いてくれたほうが面白いよなあ、とほくそえんでいる自分がいる。

Web側も雇うということを優先した工賃制度のせいでftp転送だけで100万以上取る業者がいたりまったく見合うとか採算とかを考えてくんないし、本はいつまでも奴隷労働上部搾取だし、むしろWebと本が好きな人同士でコストを考えず何かを作るタコ部屋とかを作るのがいいのかなぁと思う。そうするとまたトキワ荘みたいなデッドコピーがいろいろ蔓延しているどうでもいいものに戻るのかもしれないが、なんか生むのには少人数プロジェクトが多数あるということは重要なので仕事のない時代にあえてベンチャー面してしまうのが意外と正しかったりして。

いや、いま無謀な賭けができるのって新聞社かもなぁ。駄目な賭け(某sns)もしてるし、TWITTERでピ!ピ!!叫んでいるのもいる。面白いよネット上での新聞社は。

なあに、最悪のケースは、いま目の前にしている現実だ。それより悪くなるはずはあるまいて。

最初の実家の話に戻ると、結婚もしないなら、老いて1人で実家に住む、みたいな最低像を親に教示されたが、そんな図は考えたこともなかった。いったい将来の食い扶持からしてどうなるのかわからないが、ちょっと気狂いなりにはその読めない未来が楽しくなってきているのだった。未来は必ず過去になるから、そのときのどんよりぶりを考えると鬱になるけどね。

花園神社

きのうは1日寝ていて夕方から飲み始め、ホンキートンクレディース、アネックスグループ、花園神社。

出版業界では異常に名のある人と鉢合わせ、他も知り合いだったので、皆で1軒露店で飲む。彼は80年代から90年代にかけて「新宿の人」で、一時期先物の借金で有名だったが、今は奥さんの話とかしか日記に書いてない人。世代があまりに違いすぎるせいか、口数少なかったなぁ。寂しいものである。あと、その会社に拘っている人ほどみんなフリーだったのも微妙だったのだろうか。

おいらの去年の病気も寂しいもんだったけど、昨年の今頃は彼も病んでいただけに。
なかなか空気を読んであげられる要素もなく。結構なお金でつつましい熊手を買って帰っていった。

花園神社で数件の露店をはしごした後、すし好でみんなで会食。うとうとと寝てしまったのでそのまま帰った。よく考えたらきのう丸々寝てたのにうとうとするってなんだろうなぁ。弱ってんのかなー。

エ口本編集者のリスク+一般編集者の無理

エ口本という産業が、無修正だったり直接的なエ口だけで勝負するWebの台頭と、大手印刷所に技術職が減りスキャン品質も低下し、本来それを売ってくれていた駅前の細々とした書店がどんどん減り、CVSも最近は本を重視しなくなってきたこともあり、そのそのせいでエ口は漫画以外は産業構造的に終わっているのはいうまでもなく事実なのだが。

女性のクオリティで持たせてきていた風俗雑誌でさえ、各種規制(都条例など)の結果、ほとんどがデリヘルなどの無店舗型店舗になってしまったことで、非常に雑誌としてのモデルクオリティの基盤が下がり(店舗に誘導する導線を作ることが優先になってしまったため、女の子の写真のクオリティで勝負するということがあまり重視されなくなった)、買う人も減り、ビジネスとして成立させずらくなった。カメラマンも結構解雇されており、逆にもう風俗関係から若干手を引き、ホストを軸にしてファッション分野に参入するプロダクションがあったり、ネットビジネスへの変貌についていけず結局少し抑え目で求人寄りな媒体やキャバレベルまでの告知フリーペーパーを私鉄におくなどのシフトチェンジをはかるところなど、実際のところ風俗情報産業でさえ次を模索しているのが昨今である。

話は戻るが、エ口本編集者の人たちは体を張っていてリスクがあるにも係らず、企業としてはリスクを負っていないため個人リスクが高い仕事だなぁと改めて思った。

(1)性病リスク ○行為をグラビアの関係上やらなければいけないこともあり、モデルはもともと奔放な人が多い上に一部は風俗嬢をかねている場合もあり、性病に関してかかるリスクがある。保健組合のお金は出るにせよ、治療は個人負担

(2)バイアグラリスク 仕事上、絵面の作るためと相手方をがっくりさせてはならないため、バイアグラを飲まなければならない場合がある。一日2本撮影がある場合など、心臓に怪しい兆候がある場合もあるらしい。しかしこれも死亡して訴訟でも起こさない限りは基本的に難しい。バイアグラは病院で必然性があれば処方してもらえるが、それも全部が経費にはならないので、自己負担。

(3)編集過剰リスク 昨今編集の人はDVDつきじゃないと売れないせいでビデオも撮っているので、ビデオ編集もして、DTPもして、昔の3倍は忙しくなっている。しかしギャラはおんなじでむしろお金が削られる場合もある。若者ほど家に帰らない。しかもこの業界は労働裁量も認められ、かつ女性の宿泊勤務も禁じられる業種から除外されているため、ある意味テレビの下働き並みにむちゃくちゃな場合もある。

(4)離婚別離リスク 仕事を理解できてもなかなか、絡んでいるものを見て精神的に納得してくれる女性は少ないので大変。見せなくても偶然見ることもあるし。

(5)軟禁リスク モデルプロダクション等とトラブルがあって軟禁されても法的に助けてもらいづらい。自己解決力が要求される

訴訟リスクだけは、始末書つきで会社が負ってくれるんだろうけど。

こんなリスクのある仕事をしている友達たちはすごいなぁと思う。
で、こんなリスクはエ口だけかと思っていたらそうでもないんだよねぇ。

出版業界自体に、価格を優先して適正な原価や構造を考えない、しかもその矛盾を下請けや企画者が負う構造に問題があるんだよ。言論機関であるせいか、自由主義もあってか、足並みが揃わない業界じゃないですか。業界団体も全体的な拘束力を負わないし。で、会社によっては数百時間の残業が当たり前だったりする一方で、あご足つきな状態の会社もあるわけですよ。それは売り上げの差、であればそれはしょうがない。しかし、昨今売り場が半分になっているにも係らず、価格政策を優先してきた結果、大手では広告モデルであわせていても、それの成り立たないところはどうしているかというと人件費や予算を削ってあわせているという異常なビジネスモデルになっている訳で。

蟹工船に乗っている人たちはあまり気づいてないけど、そろそろ理解してもいいんじゃないかな?

余裕のあるところは問題ないものの、余裕のないところ(例えば適正な制作費、適正な人件費が配置できない所)は「月に2回しか家に帰れない」なんていうことになってしまうのは、正しくないですよ。それをオッケーしてしまわないといけないところとか、その条件でやらなきゃならない昨今のあんまり余裕のないところにいる従業員たちとかにも問題はあるのだが。さすがに、反乱する人も出てきたね。

歌舞伎町の片隅で、(今はまだ経費で飲み歩いている大手出版の人たちがなぜか新宿界隈には多いですが)アジア外国人たちが「日本の出版モデルは終わる」と語っているのはわりと正しい解析だなぁと思う。

このニュースリリース面白い。
http://www.news2u.net/NRR200718071.html
実用書項目見たらアダルトがあるよ。エ口本も作れるんだねここ。売れなくていいようなマニア本ならサイトから誘導>これでもいいような気がする。