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リブログと生命力と花園神社


Beauty of life 生命力 / Dennis Wong


 1年ぶりです。特に今年はまあまあなんとかという感じですがまあこの業界(アナログなメディア業界)長くはないわなという感じで、ネット収益をもっと公私ともに伸ばしていかないといけないです。

 さて、なんの枕にもなってませんが、だいぶ前に亡くなった同僚(部下)の法事に行ってきました。彼は実は亡くなる前まで病床までも、ブログとともにTumblr(タンブラー)という、リブログといって画像や文章などを剽窃というか収集できるものをやっていたのですが(一度書いてるかもしれませんが)、通常はいわゆる人には見せられないような、同人系や商業イラストの工口画像を収集していたのでした。しかし、やはり人間入院して、薬効なく朦朧としてくるとあっちのほうの欲はなくなるのか、最期に向かうに連れて一般方向のおとなしいイラストに画像が振れていたのは興味深いところでした。

 村西とおるがあれだけ年をとっても虚勢であってもギラギラしているように見えるように、生きるということは欲望と密接な結びつきはあるのでしょう。というか体力がなくなってくると、まあハードなものは受け付けなくなってくるわけです。欲望というのは年月とともに確かに健康であっても弱ってくるものですが、性はともかくとして食や物欲、旅行欲や金銭欲もそうです、いまあるこれらのものをなくさないようにしていきたいなあと思います。
まあもちろん欲望をあえてほとんど殺して、質素に生きるという生き方もあるのですが。ただ、それは最後に近づいていく形態であって、いまのところは欲望にとらわれたい。それでいるんなものは回っているわけで、それが人間という生きものなのですな。 

 今年の酉の市の話に移ります。

 今年は新宿・花園神社では誰も熊手を買いませんでした。
 今年は誰も、いいことがなかったからです。実際のところ、消費税増税のせいで、ここ半年の消費が冷え込んでいることが原因です。

 また、以前から身の丈よりも大きい熊手を買った人は、会社が解散したり、なんかで挙げられちゃったり、あんまりいいことがないのを何度も見てきました。

「花園神社の効力は微妙なんじゃないか」「それでも買ったほうがいいのかもしれないが、様子を見よう」ということになりました。

 驚いたのは、昨年はいいことのなかった上司の納めに来た熊手はなぜかパックリと2つに割れて、かろうじて千社札的なシールで止まっている状態でした。竹は確かに割れることはあります。しかし、これはなんなんでしょうか。不吉な気もしますが、逆に言えば熊手がそこまでしないと収まらないような何かがあったのかもしれません。そうであれば熊手が守ったともいえ、救いなのですが。

 昨年までは10人くらいは引き連れてきていた上司ですが、今年は僕ともう1人しか一緒にいません。寂しいものです。彼は神社のあといつもの酒場で虚勢を張ってはいたものの、23:30には終電に乗ろうと、しっかり帰って行きました。

 生命力はあってもお金が回らないと慎ましくはなるものです。一部の人はここのところの株上昇でそこそこ儲かっていますが、相変わらず全体にお金が回る構造にはなっていないのです。そして円安です。そのなかで国内消費だけに頼る消え行くメディアをやっている柔軟性のなさはそりゃボンクラなのかもしれませんが、国も一部だけ金の回る政策やってたらダメですよね。日本はホントにどうなっちゃうんでしょうかね。